MENU

21世紀に工学は「文化創造学」となる

No.345/2010年5月号
東京大学名誉教授 原島博
東京大学名誉教授 
原島 博
コミュニケーション、さらには工学の新しい姿を提唱しておられますね。
原島:新しいというより、むしろ本来の姿を見つめなおして、再認識しようという意味合いが強いですね。これには、私自身の研究の軌跡が関係しています。
元々は電気工学科で情報理論に取り組み、コミュニケーションの基礎を探りたいと思っていました。シャノンの時代で、コミュニケーションの基礎が数学的にどのように扱われているかにまず関心がありました。しかし、コミュニケーションに深く関わっていくうちに、シャノン流の数学理論だけでなく、感性的なコミュニケーションも人間にとって非常に重要だと強く意識するようになりました。
例えば、人間は「顔」をコミュニケーション・メディアとして巧みに使っています。「許す」と口ではいっていても、眼差しが厳しければ、相手は本質的に許されていないと思うでしょう。非常に奥深いコミュニケーションです。その立場から顔に関心を持ち始め、「日本顔学会」の創立のお手伝いをして、科学技術分野ではない人たちとの交流が増えました。
その交流を通じて、科学技術、特に技術を外から見る視点が養われました。それによって、その本来の姿について、いろいろと考えるようになりました。
どのようなことですか。
原島:科学は自然哲学から、技術は生活の営みから出てきたもので、本来は別でした。それが、19世紀に、「科学をベースとした技術」が誕生し、20世紀には科学と技術が結びつくことが、当然と思われるようになりました。
しかし、それまでは、技術は科学ではなく、むしろ美術を始め芸術と結びついていたのです。「術」であり、「美」という概念をもっていたのです。
私の原点である工学は、科学をベースとして、工業生産を目的とした産業技術を扱ってきました。でも、工学は科学と違い、「知ること」が目的ではなく、「つくること」が目的です。それを究めていくと、必然的に心理学や美術にも関わってきます。今までは、工学が未熟だったために、物理学や化学を指導原理とする必要があり、科学に依存してきたのです。これが21世紀には大きく変わるだろうと確信しています。
画:クロイワ カズ
いったい、どのように変わっていくのでしょうか。
原島:これまでの工学は、交通インフラや情報インフラなどインフラをつくることが目的でした。物質技術もある意味ではインフラづくりといえるでしょう。それが今大きく変わろうとしています。
情報技術は、既に変わりつつあります。例えば、インターネットでは、単に効率のよいネットワークをつくり、維持することだけでなく、その上にどのような文化を築くかが、大きな課題となっています。今、インターネットを舞台に活躍する企業は、かつての通信事業者やコンピューターメーカーではありません。むしろ利用者の立場からインターネットの上にどんなメディア文化を築くかを競っています。このようなことが、工学のあらゆる分野で、今後起こると思っています。
そういう意味でのいちばんの先達は、やはり建築でしょうね。歴史があります。そこでは「意匠」と「構造」、いうなればデザインと力学、美と数学が並び立っています。経済の文脈だけでなく、文化の文脈の中での位置づけがあります。工学の扱う技術も、今は経済面だけの評価しかありませんが、近い将来に、文化の中での評価が非常に大きな意味をもつことになるでしょう。環境問題は、その最初のゲートになるかも知れません。
私はずっと、工学部ではどの学科でも美の教育、例えばデザインを教えるべきだと主張してきました。工学部の教育も変わっていくと思います。これまでは工学は「工業生産学」でしたが、今世紀には、その本来の姿を取り戻し、「文化創造学」になっていくことでしょう。

※本企画は、当社の協賛で日経サイエンス誌に広告として掲載しているものであり、当社の研究開発、製品等と直接の関係はございません


この頁についてのお問い合わせは下記まで