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太陽系大航海時代を開いた「はやぶさ」

No.350/2011年9月号
宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究所宇宙航空システム研究系教授 「はやぶさ」プロジェクトマネージャー 川口 淳一郎
宇宙航空研究開発機構(JAXA)
宇宙科学研究所宇宙航空システム研究系教授
「はやぶさ」プロジェクトマネージャー 
川口 淳一郎
昨年11月に探査機「はやぶさ」のサンプル収納容器から小惑星イトカワ由来の粒子が見つかり、その分析が行われています。どんなことを期待されていますか。
川口:1つは、太陽系の起源に関わる手がかりですね。小惑星は原始太陽系の化石といわれ、太陽系誕生時の元素組成、化学組成、物質の微細構造などがそのままの状態で残っている可能性があるのです。
太陽系は、原始太陽を取り巻くガスと塵からできた「原始太陽系円盤」の中で生まれました。その内側のほうでは、ケイ酸塩や金属などの塵が集まって岩塊ができ、岩塊同士が衝突・合体して微惑星が生まれ、微惑星同士が集まって月程度の大きさの原始惑星ができました。そして、原始惑星とその重力に引かれた微惑星との衝突合体の繰り返しの中で、地球や火星などの惑星が生まれたと考えられています。
地球などの惑星では衝突による熱の作用で溶融が起き、物質が変化しているので、原始太陽系の岩塊の状態とはかなり違うものになっています。月の石の分析から、月の物質も変化していることが明らかになっています。一方、小惑星は小さいので、他の天体を引きつけるほどの重力も無く、衝突合体による溶融作用もほとんど受けなかったと思われています。隕石の母体も小惑星ですが、地球大気による摩擦熱を受けているので、これも変化しています。ですから、イトカワからの粒子への期待は大きいのです。
分析に期待する2つ目は、「宇宙風化」の解明です。大気の無い小惑星は、高速の荷電粒子や塵にさらされており、表面の岩石が作用を受けています。そのメカニズムがどのようなものなのか、ですね、
3つ目は、小惑星がどのようにできたか、その起源の解明です。例えば、粒子に含まれた希ガスの分析から、どのくらいの期間太陽風にさらされていたかが分かり、そこからいつできたかが明らかになるでしょう。
イトカワは、地球などの惑星に比べて若いのでしょうか。また、よくラッコにたとえられますが、あの独特の形はどのようにしてできたのですか。
川口:イトカワをつくっている物質の起源は地球と同じですが、小惑星となったのはずっと後といえます。一度できた天体が衝突によってバラバラになり、それが再集積されてできたと考えられています。それがいつ頃だったかが分析によって明らかになれば、と思っています。
バラバラになった塊が2つ芯になった場合は、必然的にああいう形になるでしょう。共通重心の周りを両者が回りだす…、すると周辺の微粒子がその間に集まり2つが繋がります。力学的な安定性を考えると、例えば鏡餅のような形は考えにくい。
はやぶさは、2003年5月に打ち上げられ、いろいろなトラブルに見舞われましたが、結局、2010年6月に無事帰還し、イトカワ由来の微粒子も運んできました。この成功は、日本の高い宇宙技術にあると考えてよいのでしょうか。
川口:宇宙技術の高さとは何か、があります。最先端技術と同義ではありません。宇宙開発にはお金がかかります。試作機をつくって改良点を洗い出し、それを直してから実機をつくるというわけにはいきません。試作機=実機です。ですから、信頼性が極めて重要です。部品やパーツなどは、基本的に米国で飛翔実証されたものを探して使っており、輸入品が多い。
一方で、技術実証されるべき日本の民生用のプロセッサーやコンピューターなども積極的に使っています。実験機であるからこそ、今までの宇宙開発には無いシステムを開発するという側面もあります。とくに、日本が培ってきたエレクトロニクスやロボティックスなどの分野の新しい技術やシステムを取り入れています。信頼の高い枯れきった技術とチャレンジングな技術の組み合わせの妙ですね。はやぶさが複雑なミッションを遂行することができた技術的背景といえるでしょう。
トラブルに対しては、他の機能を組み合わせて代償させるという「機能冗長」で乗り切ってきました。安定性を第一に考えれば、すべての機器を2つ用意する「二重型」にしておけばいいわけです。しかし、お金もかかるし、重くもなるしで、試作機=実機にそのような冗長性をもたせることは無理です。そこで機能冗長という設計思想がでてきます。これが今回有効に働いたわけですが、現実には、事前想定してそういう設計をしていたところもあったし、はからずもというか幸運にもというか、結果として機能冗長になった部分もありました。
具体的にはどのような機能冗長を用いたのですか?
小惑星探査機「はやぶさ」の模型小惑星探査機「はやぶさ」の模型
川口: 姿勢制御には、緻密な制御を行う3つのリアクションホイールと、ざっくりとした制御を行う12基の化学エンジンを用意していました。ところが、イトカワ着陸前に2つのリアクションホイールが故障し、2回目のイトカワ着陸を果たした後に、化学エンジンが全損してしまいました。
はやぶさの高利得アンテナは指向性が高く、きちんと地球の方向を向いていないと通信不能になってしまいます。何としても姿勢制御が必要で、惑星間航行に使うイオンエンジンをこれに当てました。このエンジンは、キセノンガスを電離させて加速噴射するイオン源と、噴射したイオンに横方向から電子を当てて中和する中和器からできています。中和器のほうからキセノンガスを噴射すると、姿勢制御もできるのです。また、太陽光の圧力も用いました。弱い力ですが、軽量のはやぶさへの効果は大きい。こういった代替手段を用いることができたのは、はやぶさの形がシンプルで、受動的に安定になっているからです。機体の上面に高利得アンテナ、側面に左右対称な太陽電池パドル、後方に4基のイオンエンジンが付いており、姿勢が大きく揺らいでも、結局、上下の軸周りに回転する状態に落ち着くのです。太陽電池パドルがくるくる回り、宇宙空間の風車といった風情でしょう。
もう1つ大きなトラブルが、帰還中に生じました。過酷な宇宙環境の中でいろいろ機器が寿命を迎え、4基のイオンエンジンも、まともに動くのが1基になってしまいました。しかし、開発者がこうした事態を想定して、機能冗長を入れておいたのです。4基のエンジンのイオン源と中和器をクロスして使える回路が組み込まれていました。そこで、あるエンジンのイオン源と別のエンジンの中和器を組み合わせて使いました。
こうして3年遅れましたが、はやぶさは無事帰還することができました。
「はやぶさ2」の計画が動き始めましたが、どのように関わられるのですか。
小惑星探査機「はやぶさ」イメージ 写真提供:(C)JAXA小惑星探査機「はやぶさ」イメージ
川口: 「はやぶさ2」では、イトカワのようなS型小惑星ではなく、C型小惑星に着陸し、そのサンプルを持ち帰ろうという計画になっています。C型は、火星と木星の間にある小惑星帯の中でもやや外側領域に多く、岩石だけでなく有機物や水を含むことが、隕石の研究から分かっています。そのサンプルを分析すれば、地球上の膨大な水の起源や有機物の起源が明らかになるのではないかと期待されます。この計画に関しては、私は直接タッチせず、アドバイザーという立場になりますね。若い人たちが育って、担当者の年齢が平均で7、8歳、場合によっては10歳以上若返っています。
個人的には、まったく異なったプロジェクトの立ち上げに携わろうか、とも思っています。昨年の5月に小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」を打ち上げました。ソーラーセイルは、超薄膜の帆を宇宙空間に広げ、太陽光圧を受けて進む宇宙ヨットで、太陽光圧で加速・航行できることが世界で初めて実証されました。はやぶさの推進力として用いたイオンエンジンと、ソーラーセイルを組み合わせた「ハイブリッド推進機関」をもつ宇宙船の開発は1つのターゲットです。おそらく世界中でまだ誰も考えていないと思います。
人間が自由に宇宙を航行できるようになった時には、どこに行きたいですか。
川口:やはり小惑星です。ぜひ、目の当りにしてみたい。そういう時代は早晩きます。はやぶさが実証した最も重要な点は、宇宙を自由に往来できる再利用可能な宇宙船の運航が可能になったということです。私たちはこれを「太陽系大航海時代」と呼んでおり、その到来に向けて、さまざまなアイデアを出し、いろいろなことを試みているのです。
画:クロイワ カズ

※本企画は、当社の協賛で日経サイエンス誌に広告として掲載しているものであり、当社の研究開発、製品等と直接の関係はございません


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