MENU

つくばの半世紀

筑波研究学園都市50周年記念特別インタビュー

No.359/2013年11月号
茨城県科学技術振興財団理事長 江崎 玲於奈
茨城県科学技術振興財団理事長 
江崎 玲於奈
今年は筑波研究学園都市計画が閣議決定されてから50年です。1992年から98 年まで筑波大学学長を務められ、現在も自宅をつくばに構えていらっしゃいますが、 つくばをどのように捉えておられますか?
江崎:世界最大級の研究学園都市、サイエ ンスシティであることは間違いありません。研究者の数は約1万6,000人に上ります。日本全体では、民間企業に約49万人、公的機関に約4万人、大学に約31万人と、総数 約84万人ですから、つくばには研究者の1.9%が集まっていることになります。公的 研究機関に限れば、約1万人がつくばにいると推定され、実に25%が集まっているこ とになります。その約半数は博士号を持っています。民間企業では15%程度ですから、高度な研究能力を備えた人材が、密度濃く集まっている街ということになりますね。

産官学の交流をはかり、つくばの地を生かしていく

そのような人材が、どのような研究学園都市をつくっているのでしょうか。
現在の筑波研究学園都市〈提供:UR 都市機構〉

現在の筑波研究学園都市
〈提供:UR 都市機構〉

1970年頃の筑波研究学園都市〈提供:茨城県〉

1970年頃の筑波研究学園都市
〈提供:茨城県〉

江崎:つくばと私との関わり合いを振り返りながら、その問いかけに答えていきたいと思います。
閣議決定は50年前ですが、筑波大学が開校したのが1973年、10省庁43機関の業務を開始したのが1980年ですから、学園都市として形をなしてから30年余というところですね。1999年にはこの街のシンボルともいえる、つくば国際会議場、通称エポカルも完成しました。
1992年に、大学革新のために要請されて学長選挙に出馬しましたが、その時、強 く思ったのは、日本の若者たちを奮い立たせる教育を行いたいということです。従来 の組織志向ではなく、個人志向を強めた教育を行い、個人の創造力の発揮を促し、若 手が十二分に力を出せる素地をつくりたいと考えたのです。科学は新しい知識の創造 で、それができるのは若い人です。私自身、ノーベル賞を受賞したエサキダイオードの仕事は30代前半に行ったものです。
学長に就任して感じたのは、研究学園都市をつくることには強い意欲があったのに、 そこで何をどのようにやっていくかという戦略らしきものには、どこも誰も触れてい ないことでした。省庁間で連携をとることは非常に難しいことは分かりますが…。
まず、つくばの研究全体を俯瞰し、統括する横断的組織がありませんでした。分野 を越え、研究者同士が交流しなければ、集積効果は生まれません。そこで、1994年に産官学が協力して研究を進めていくための組織、TARA(Tsukuba Advanced Research Alliance:筑波先端学際領域研究センター)をつくり、「基礎研究で得られる萌芽的科学知識を速やかに産業界が求める新技術として確立し、イノベーションを引き起こす」ことを目指しました。
1999年11月には、専門分野の異なる研究者1,000人以上が一堂に会する「サイエンス・フロンティアつくば999」という国際会議を開き、ノーベル物理学賞受賞者で第1期オバマ政権のエネルギー長官を務めたスティーブン・チューを始め、海外の一級の研究者を招きました。そして「つくばの地で、新しい知識を創造して科学の世界に貢献するだけでなく、知識の応用にも真剣に取り組み、企業の支援やベンチャーの創出にも力を尽くす」という、つくば宣言を出しました。その精神の一層の発展のために、2000年に「つくばサイエンスアカデミー(SAT)」を発足させ、今日に至っています。その柱は、「(1)科学・技術の発展に資するための、さまざまな分野の研究者の内外の交流促進、(2)科学・技術を産業に活かすための企業との交流、(3)科学・技術に対する社会の関心を増進させるための啓発活動」という3本です。

見事な業績を挙げた科学研究、もの足りない技術の企業化・産業化

そのような活動を積み重ねていらっしゃって約20年、今のつくばをどう評価なさっていますか。
江崎:新しい知識を創造するという科学の面ではかなりいい線にいるのではないかと思います。茨城県科学技術振興財団が県内の研究者に対して出している「つくば賞」(1989年から)および「つくば奨励賞」(1990年から)の受賞者の成果を見れば、それが実感できます。
つくば賞受賞後、学士院賞を受賞した方も3名いらっしゃいます。つくば賞に関係なく、学士院賞を受賞した方も1名おられます。また、トップ30人の研究者を選び、15億から60億円のプロジェクトを任せるという「最先端研究開発支援プログラムFIRST」にもつくばの研究者が2名入っています。さらに、2013年現在、全国で9件が採択されている「世界トップレベル研究拠点プログラム」にも、筑波大学と物質・材料研究機構の2つの機関が入っています。まだ、つくばでの研究がノーベル賞には結びついてはいませんが、この30年でかなり見事な業績を挙げているといえます。
一方、創造された新しい知識を応用して、役に立つ技術を開発し、これを産業に結びつけ富を創りだすという技術の企業化・産業化の面では、まだまだ足りないでしょう。
大学や研究機関の研究成果をもとに企業化がはかられた技術を対象とした「井上春成賞」を受賞したつくばの研究者は何人も出ていますが、そのうち4名は「つくば賞」あるいは「つくば奨励賞」を受賞しています。これらの方の活躍は大いに評価できますが、つくば全体としてはより一層の飛躍が必要です。実用化・企業化への道筋をどう確立するかは、つくばの喫緊の課題で すね。

研究のパラダイムシフトに機敏に対応する戦略が必要

どのような方策が考えられますか。
江崎:今年の11月に、閣議決定50年の節目の年ということで、「サイエンス・フロンティアつくば2013 ─先端科学・技術をビジネスへ─」というシンポジウムが開催されます。そこでどのような意見やアイデアが出てくるか、とても楽しみです。
19世紀は、熱力学・機械工学などをもととして、人間の肉体的能力を増大させる技術が産業化され、生活や社会を変えました。種々の産業機械や汽車、汽船といったものですね。20世紀はコンピュータ科学・電子工学・通信工学を基礎に頭脳労働を増大させる技術が一大産業になり、社会の在り方や繋がり方の大変革を起こしました。
21世紀は、ライフサイエンスなどの知識をもとに、人間がどれだけ健康に長生きできるかといった、生命の力を増大させる技術が開発され、産業と結びつくのではないかと思います。
このように科学研究のパラダイムは時とともに変化し、それに対応して技術の意味も変わってきます。パラダイム変化にタイムリーに対応した“つくば”としての科学研究および技術開発の戦略を立てることができれば、効果的に科学・技術を推進していくことができるでしょう。もちろん、どんな戦略を立てたとしても、「偶然」という要素をおろそかにしてはいけません。これも科学研究発展の重要な要素ですから。
個人的には、例えば「がんの制圧」などをつくばの科学研究・技術開発戦略の核として、すべての省庁の研究機関が協力して研究・開発を進めていけば、素晴らしい成果が得られるのではないかと思っています。

つくばがプログレスの象徴となる日

今後のつくば、30年後のつくばはどうなっているのが望ましいのでしょうか。
江崎:科学・技術の特長はプログレス、進歩だと思います。音楽や絵画などの芸術も時とともに技法や作風が変化しますが、どちらが進歩しているかとはいえません。実は今年は私がノーベル賞を受賞して40年目になるのですが、この間にも科学は目覚ましく進歩しています。科学における飛躍的進歩は予知ができない、サプライズで
あるところにこそ感動と歓喜があるのです。30年後につくばが、科学のこの進歩を象徴するような街として世界に認識されていれば、これは大変に素晴らしいことでしょうね。
参考文献:『限界への挑戦 ─私の履歴書─』 日本経済新聞出版社
画:クロイワ カズ

※本企画は、当社の協賛で日経サイエンス誌に広告として掲載しているものであり、当社の研究開発、製品等と直接の関係はございません


この頁についてのお問い合わせは下記まで