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においをデータ化して記録・再現する

No.387/2020年11月号
東京工業大学<br/>
科学技術創成研究院教授 中本 高道
東京工業大学
科学技術創成研究院教授
中本 高道
においのデータ化に取り組まれていますが、研究のきっかけは何でしょうか。
中本: 元々はにおいセンサーの研究をしていましたが、画像(視覚情報)や音(聴覚情報)と同じように、におい(嗅覚情報)もセンシングするだけでなく、自在につくり出し、記録し、再生することができないかと思ったのが始まりです。
においの識別は、鼻の奥にある嗅細胞の受容体が物質を受け取り、その物質特有のシグナルを出すことから始まります。一般に、においは複数の化合物からなっていますが、それらのシグナルがつくるパターンを認識して、どんなにおいなのかを識別します。視覚や聴覚の情報と違って、においは再現性が低い。同じ人が同じにおいを嗅いでも、環境によって感じ方が違ったりしますし、しばらく嗅いでいるとにおいがわからなくなることもよくあります。
再現性の低いにおいというものを、どのようにデータ化するのですか。
中本: 色の場合は3原色の比率を変えれば、さまざまな色をつくり出すことができます。これと同じように要素臭の組み合わせでいろいろなにおいをつくれないかと研究を進めてきました。20~30程度の要素臭があれば、できるのではないかと思っています。
以前、7原臭説を唱えた化学者がいました。分子構造から7つくらいの要素でいろいろなにおいを表せるのではないかという説です。今では、提案された7つでにおいをすべて表現することは難しいということになっています。
私のバックグラウンドは化学や生物学ではなく、情報・エレクトロニクスなので手法がちょっと違います。データを大量に取得し、多次元のデータ解析を行い、データの特徴から基になる要素は何かを探していきます。ビッグデータ解析です。
画:クロイワ カズ
どのようにして大量のデータを取得するのですか。
中本: さまざまなエッセンシャルオイル(精油)を集めてきて、これを質量分析装置にかけます。すると数百次元程度のベクトルデータが得られ、そこから基本的なベクトルが何かを多次元データ解析で探索していくのです。今までに約200種の精油から要素臭を探索してきました。その結果、20~30の要素臭でいけるのではないかということになったのです。
7原臭説が分子構造からボトムアップ的に積み上げていくのに対し、私たちの方法はトップダウン的です。研究手法やアプローチの視点については、生物学や化学分野の研究者と議論になることもありますね。
ビッグデータの解析にはAIも使っていらっしゃるのですか。
中本: AIの深層学習(ディープラーニング)も私たちの研究範囲ですが、今のところ要素臭の探索にはあまり使っていません。ベクトルデータと実際のにおいの対応、つまり「これは甘いにおいか、酸っぱいにおいか」などを予測する分野で研究しています。
においをデータ化して、記録・再現ができれば、いろいろ面白いことが可能になりますね。
中本: 映画やテレビの画像に合わせてにおいを出すこともできるようになりますね。食品や飲料関係の広告にとっては、非常に重要な技術になるでしょう。
災害時にも活躍が期待されます。先日、「災害訓練シミュレーター」をつくりました。火事ではにおいが最初に識別できる要素なので、バーチャル空間(VR空間)の発生源を、私たちが開発した嗅覚ディスプレイを使って探し出すというものです。嗅覚ディスプレイは鼻を挟んで、芳香部と消臭部が付いています。芳香部では香料の液滴が高周波振動で霧状に漂う仕組みになっており、消臭部では霧を吸い込んで活性炭に吸着させます。これとVR空間を映し出すヘッドマウントディスプレイを組み合わせたシミュレーターです。
今は、においをデータ化して再現することに取り組んでいますが、将来的には新しいにおい、香りをつくりだすところまでやりたいと思っています。言うなれば、デジタル調香師の開発ですね。

※本企画は、当社の協賛で日経サイエンス誌に広告として掲載しているものであり、当社の研究開発、製品等と直接の関係はございません


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