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憧れの蠡園に早く行きたいという話 - CHINA -

No.470/2017.02
電池材料・ファインビジネスユニット/ 山本 夕
画:クロイワ カズ

メインの仕事が中国向けで、中国への出張も頻繁。機会あれば昔の英雄たちの足跡を訪ねてみたいと思うのは、歴史通の私の素直な願望です。

あるプロジェクトに従事していた私の出張先は、殆どが蘇州近辺。直ぐ近くに無錫(むしゃく)があり、無錫の観光名所といえば、蠡園(れいえん)です。

難しい漢字を書きますが、名前の由来は范蠡(はんれい)の「れい」。司馬遷の史記によると、范蠡は中国春秋時代、越の国の武将です。呉の国に敗れ、囚われの身となった越王・勾践(こうせん)を助け、後に呉を滅ぼします。この話は、古くから日本にも伝わり、南北朝時代、北朝との戦で捕らわれた南朝の後醍醐天皇のために、忠臣・児島高徳が「天、勾践を空(むなし)うすることなかれ、時に范蠡無きにしも非ず」という詩句を桜の木に記したと、「太平記・巻四」は書いています。つまり、「天が勾践を見捨てなかったように、范蠡のような人が助けに来るかもしれません」と、自分たちの覚悟を表わしたものだとされているのです。

無錫市に接した太湖(たいこ)の入り江になっている蠡湖(れいこ)の名前は、范蠡が中国四大美女の1人・西施(せいし)と湖面に舟を浮かべていたという伝説に由来しており、その水を取り入れて作られた、范蠡ゆかりの蠡園は、日本人にも人気のスポットです。

私は、この1ヵ月半で7回もこの地区に出張したのですが、1度も蠡園を訪れるチャンスはありませんでした。問題のプロジェクトも漸く終着点が見えてきたことでもあり、是非次回は蠡園に足を運び、「時に范蠡無きにしも非ず」と呟きながら、園内を散策してみたいと、その日が来るのを心待ちにしています。