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印刷集積回路に応用できる実用レベルのN型有機半導体開発に世界で初めて成功

軽量で使い捨て可能な有機集積回路の実用化に大きく貢献

2014年2月18日

山形大学有機エレクトロニクス研究センターの時任静士卓越研究教授のグループと、宇部興産株式会社(社長:竹下道夫)は共同で、有機溶媒に溶ける新しいN型有機半導体材料*1を開発。電子移動度*2が3cm2/Vsを超え、かつ空気中で安定という高性能なN型有機トランジスタを印刷法で作製することに世界で初めて成功いたしました。この技術は、現在主流であるシリコンなどの無機材料で製造するよりも、低価格で軽量、さらに柔らかさを備えた集積回路(IC)を製造可能にするものです。

空気中での安定性と、液晶ディスプレイなどに使われるアモルファスシリコンで一般的な0.5-1cm2/Vsを超える、3cm2/Vsという高い電子移動度を兼ね備え、さらに印刷法が適用できるN型有機半導体は、これまで開発の報告例がありませんでした。有機溶媒に溶ける性質と、高い電気特性を併せ持つ有機半導体を開発したことで、オール印刷プロセスでの安価でフレキシブルな有機集積回路の実用化が大きく加速します。

実用化例

1. 背景と意義

プラスチックフィルム上に回路を印刷して電子デバイスを作製する技術はプリンテッドエレクトロニクスと呼ばれ、すでにタッチパネルの配線などへ実用化が始まりつつあります。今後は、より複雑な電子デバイスである半導体集積回路へこの技術を応用することが期待されており、そこで必要不可欠な、高性能な導電インク、絶縁樹脂、半導体インクなどの材料開発が活発に行われています。

半導体はP型半導体とN型半導体を組み合わせることで電気の流れをコントロールすることができ、集積回路にはこれら2種の半導体が使われています。これまで、有機溶媒に溶かすことができ、印刷法に適用可能な、移動度が高いP型有機半導体は数多く報告されてきましたが、高性能なN型有機半導体はほとんど報告がありませんでした。これは、N型有機半導体が大気中の水や酸素に対して化学的に弱いことが原因で、電子デバイスに用いても高い電気特性を維持することが難しかったためです。

今回の研究成果は、課題となっていたN型有機半導体の安定性を大幅に改善し、しかも有機溶媒に溶けやすい性質と、高い電気特性を両立する有機半導体を開発した点にあります。この材料を用いることでP型、N型両方の半導体がそろい、低価格で低消費電力な有機集積回路の実現が可能となり、ウェアラブル、モバイル、フレキシブルといった用途に使われる新しい電子デバイスへの貢献が期待できます。

2. 経緯と開発の概要

今回開発した技術は、2011年より行われている、山形大学の時任卓越研究教授らのグループと宇部興産株式会社の共同研究の成果です(関連特許出願済)。山形大学が持つ、高性能半導体に関する材料設計の知見、および印刷法による電子デバイス作製・評価技術と、宇部興産が長年培ってきた有機合成に関する知見と技術を活かし、共同で大気中での安定性と溶解性、高い電気特性を兼ね備える有機半導体の分子設計の検討を進め、材料合成、高純度化、トランジスタ素子作製、素子性能評価およびトランジスタ素子構造の最適化を行いました。

今回開発した新しいN型有機半導体の塗布膜は、均一性の高い緻密な薄膜を形成しており、塗布成膜条件およびトランジスタ素子の構造を最適化することで、この半導体を用いて作製した有機トランジスタで3cm2/Vs以上の高い電子移動度が得られました。

また、従来のN型有機半導体では、大気中の水、酸素によって有機半導体層の中での電子移動が妨げられやすいことが問題となっていましたが、水、酸素による電子伝導への影響を大きく低減することを目的に、分子全体に強い電子受容性(電子の受け取り易さ) を付与することで、従来のN型有機半導体では実現が困難だった高い安定性を実現しています。

3. 今後の予定

現在、この材料を有機集積回路に応用するためのトランジスタ素子の構造の最適化と、回路の試作(例えばCMOS回路など)の検討と並行して、さらに移動度と溶解性を改善するなど、より使いやすい有機半導体とする目的で分子構造の改良を進めています。

また、この有機半導体を用いたインクジェット印刷などによる印刷集積回路の試作に取り組み、この技術を応用して、有機トランジスタを用いたRFIDタグ(無線ICタグ)、フレキシブル生体センサーやフレキシブルディスプレイなどの開発を進めます。

なお、開発した塗布可能なN型有機半導体は宇部興産株式会社からサンプル供試を開始いたします。

また、今回の発表に関連するN型有機半導体が示すトランジスタ特性については、3月14日に山形県米沢市で開催される「高分子学会 有機エレクトロニクス研究会 第3回異業種交流会」、および3月17~20日に青山学院大学相模原キャンパスで開催される「第61回 応用物理学会春季学術講演会」にて発表いたします。

・この成果はJST地域卓越研究者戦略的結集プログラム「先端有機エレクトロニクス国際研究拠点形成」事業の支援も受けて行われました。

4. 開発責任者コメント

国立大学法人山形大学 有機エレクトロニクス研究センター・時任静士教授

今回の印刷可能な高性能N型有機半導体の開発は、JST地域卓越戦略的研究者結集プログラムにおける企業との産学連携研究の大きな成果である。開発には3年近い期間を要した。これまでの印刷可能なN型有機半導体はP型有機半導体に比べてかなり性能が劣っていたが、今回、P型と同等の性能を有するN型が実現できたことで、P型とN型の有機トランジスタを組み合わせた高性能なCMOS回路が可能となり、低消費電力で高速動作の論理回路や制御回路等の有機電子回路の高集積化を加速できる。今後、環境負荷が小さく、低コストで多品種・少量生産に対応できるオール印刷プロセスによる、RFIDタグ、センサー、フレキシブルディスプレイなど高負荷価値のプリンテッドエレクトロニクス分野に貢献できるものと確信している。

宇部興産株式会社 常務執行役員 研究開発本部・木内政行本部長

当社は、研究開発ポートフォリオにおける新規重点分野の一つに、情報電子を掲げています。この分野では自社のテクノロジープラットフォームに、オープンイノベーションで先端技術やニーズを取り込み、将来アプリの先取りを図ろうとしていますが、山形大学有機エレクトロニクス研究センター時任研究室との共同研究はその取り組みのひとつです。
共同研究の中で、印刷による電子デバイス製造に使えるN型有機半導体が得られたことは、プリンテッドエレクトロニクスの新しい分野を切り開く、大きな意味を持つととらえています。このN型有機半導体は、印刷による集積回路を実現する上でキーとなる画期的な材料になる可能性があります。

当社は今後、こうした「芽」が、新しい事業として「花」開くよう、積極的に挑戦して行く方針です。

用語解説

*1 N型有機半導体
従来のシリコンなどの無機物と違い、有機化合物でできた半導体。N型半導体中では負の電荷(電子)が移動することで電流が流れる。対するP型半導体には正の電荷(正孔、ホール)を流すことができる。

左:N型半導体 右:P型半導体

*2 電子移動度
半導体中での電子の移動のしやすさを示す量で、数値が大きい程、信号を速く切り替えることができ高性能。たとえば液晶ディスプレイの場合、電子移動度の高い半導体を使用したほうが動きを滑らかに表現することができる。従来のN型有機半導体では1-2.5cm2/Vs程度までの報告例がある。一般的な液晶ディスプレイなどに使われるアモルファスシリコンの移動度は0.5-1cm2/Vs程度である。

お問い合わせ先

  • 宇部興産株式会社 有機機能材料研究所
  • TEL:0436-23-5163
  • 国立大学法人山形大学 有機エレクトロニクス研究センター
  • 研究プロジェクト支援室
  • TEL:0238-26-3590